相変わらずで ごめんあそばせvv
         〜789女子高生シリーズ
 


     



初夏の宵はなかなか暗くはならなくて、
まだ明るいのに、気がつきゃもう五時六時となってるほど。
逆に、夜更けの闇をまといたければ、相当に遅くなるまで待たねばならぬ。
陽が落ちてもどこか落ち着きのない気配の満ちた、
そんな初夏の夜の中、夜風と競い合うよに やや足早に歩む人影が一つあり。
擦れ違う人があるたびに、顔をうつむかせたり視線を逸らせたりで忙しく。
ガード下をくぐるおり、
暗がりの頭上で、最終だろうか電車が通過したけたたましい物音がしたのへと、
びくうっと肩を跳ねさせたのは、本来 出歩かぬ時間だからか。

 「……。」

あまりに強固な伝説つき、
途轍もないレベルの名門令嬢ばかりが通う女学園ゆえ、
何につけても“門外不出”と言われて久しく。
そんなところの制服だなんて、
模造品か、何ちゃってコスプレ用だろうという格好で
さんざん本物かどうかを疑われ、なかなか値がつかなんだ それ。
もう引っ込めようかと思った矢先、急に競りの掛け合いが始まり、
疑惑の品なら ままそんなとこだろうという、
ン万円で落札されたのが先日のことで。

 “…ったくよ。間違いなく本物だっつうのによ。”

ああいう階層のお嬢様は、
泥棒に遭うことも ガードが甘いと通じて世間体に障るのか、
届けを出されてなかったことこそ幸いとし、
いつ気が変わるか判ったもんじゃなしと、
厄介払い半分、大急ぎでネット・オークションに出したようなもの。
競り落としたのが実は随分なマニアらしくて、
偽物じゃねぇかと苦情が来ても無視だ無視と思っていたらば、

 【 制服だけなのか?】

まだ何かないかとリクエストして来るような訊きようの
ショートメールが来たもんだから、

 『学園指定のカバンとか体操服もあるよ?』

という返事を返したところが、そっちも欲しいと言って来た。
但し、郵送ではそれこそ金だけさらわれての逃げられちゃあ詰まらないから、
出来れば じかにと言って来て、

 【 とはいえ、もはや逃げても無駄だがな。】

実はその筋のコネもある。
これを無視しての逃げたら それこそ公開捜査だ、
IPアドレスからPCを逆探知して、
それが出先の ネカフェのPCでも、事務管理用のマザーから利用履歴を溯り、
とことん追い詰めてやるけどなと、おっかねえこと言ってたんで。
こりゃあ断るよりあと一回を我慢だと諦めて、
じゃあせめて場所はこっちが指定するぞと妥協させての、
夜更けの歩道橋の上なんていう、
こっちに土地勘のある場所の、しかも暗がりでの待ち合わせを承諾させた。

 “そういうスジの奴なのかなぁ。”

いやいや、おっかない自由業の方って意味じゃなく。
何につけ狭く深くこだわる奴なら、
コンピュータのあれこれにも詳しくたって不思議はないかもって。
ほら、何てったっけ。
他人のPCを遠隔操作して爆破予告とか流しまくってサ、
専門家もいよう警察まで手玉に取った奴もいたじゃん。

 “俺だって、こんな面倒なブツはとっとと売り払いたいしな。”

やっぱ レアものはそれなりのリスクがあるんだ、
こんな後腐れが待ってんだったら、古着屋へ持ってきゃよかったな。
明らかに女物だから怪しまれねぇかとか、
もしかして好きもんに売れるかもって、欲をかいたらこのざまだ。
いざって時のため、手は空けとこうと選んだデイバッグ、
食い込む肩帯ごと揺すり上げ、
時折 思い出したように車が通る国道沿いの
寂れた辺りを黙々とゆけば、
やがて見えて来た歩道橋のシルエット。
昼間でも使ってる人いんのかなぁというほどに、
あちこち錆びてのすすけた代物で。
明かりも乏しくて見通しもチョー悪い。
でもって、階段を昇り切ったその上の通路には、
時間前だし やっぱり人影なんて見えやしない。
近場には何もないから、住んでる奴しか通らないし、
こんな時間じゃ電車もバスもないから尚のこと、
無人もいいとこだってのは前々から知っている。
時々は間近で、その他は遠くから、
車が通る音だけが風の音みたいに響くだけの暗い中、
一応はと真ん中まで進んで行って、まさかの柵の向こうも覗き込み。
やっぱり何の気配もしないのへ、
もしかして向こうこそフカシだったのかよと、舌打ちしかかったタイミングに、

 「〜〜さんですね。」

不意に掛かった声がある。
さほど甲高くはなかったけれど、
なのに、夜更け独特の、
耳鳴りしそうな風の音に紛れもしなかった声だったのへ。
うあっと飛び上がりそうになりかかったものの、

 “………え?”

予想に反して女性のものだったのが、
ビックリを押し倒してしまったほどに チョー意外で。

 “え?え?え?”

丁度眼下を通ってった車のライトの余光に
ぼんやり浮かび上がったシルエットは ずんと小柄で。
柵の黒々した陰に紛れそうなほど
すんなりと細めのスタイルをした、小柄な存在の持ち物だったわけで。

 “…なぁんだ、脅かすなよな。”

そういや、男じゃないかというのは勝手にこっちが思い込んでいただけだ。
メールの文面が乱暴だったのは舐められたくなかったからかも知れない。
自分が着たいなら、女子というのも成程アリかも。
少しでも不審な空気があれば全速力で駆け出して逃げ出そうと思っていたが、
相手が女なら最悪どう転んでも何とかなるなと、
さっきまでは肩がこわばってたものが、今は多少ほど気も緩み、

 「ああそうさ。待たせたかな?」

ただ用件のみしか やりとりするつもりはなかったものが、
会話しようという余裕さえ出て来た、デイバッグの男であり。

 「で? 何をお求めなのかな?
  あのセーラーと同じ子の、
  ジャージや靴下、化粧ポーチもあるぜ?
  そうそう、ルーズリーフ用のバインダーやペンケースも。」

自分が背負う荷を揺すり、
リクエストがあるなら他のも揃えたっていいとまで、
サービスよく言ってやりつつ、

 “何だろな、こいつ。”

不審が収まると今度は、
弾みがついたか相手の正体への好奇心が 否が応にも高まってくる。
声が若かったし、歯切れもよかった。
顔とかはっきりしないが輪郭から想像出来る雰囲気も、
自分とあんまり変わらぬ年頃みたいだ。
落ち着き払ってるけど、
もしかして…あの制服の持ち主と 同じ学校の子なのかな。
持ち主を知ってて、失くしたのも知ってて、
隠しても無駄だぞなんて、いじめの道具として欲しいとか?
だったら 女っておっかねー、なぞと、勝手に想像を膨らませておれば、

 「今回のブツと同時に手に入れたもの、全部を寄越しなさい。」
 「な…っ。」

なめらかなお声で すぱりと言い放たれてギョッとする。
やっぱり後ろ暗さなぞ欠片もなさげな声であり、
しかも、

 「こっちには判っているの。
  あなた、あの制服も、今 並べたあれこれも、
  譲られたんでもなきゃあ買ったんでもない。
  ただ置き引きしただけなんでしょう?」

 「う…。」

何だよ何だよ、こいつ。
何でそんなことまで知ってやがるんだ?
警察じゃないなら、もしかして、
これの持ち主の子の知り合いとかか?

 「うたた寝してたところから、
  勝手にバッグを掠め取るなんてサイテー。」

 「く…っ。」

あまりに真実を言い当てている不気味さに、
ついつい身動きも出来ぬほど手足が凍っちまったけど。
相手がこっちへ踏み出して来たもんか、
靴底でコンクリートへ砂を擦り付ける音がしたのへと、
捕まってたまるかと反射的に駆け出している。

 “な、何なんだよっ。”

何であんな、全部知ってんだよ、あいつっ。
やっぱ警察かな、
でも“返せ”じゃなく“寄越せ”って言い方したのが気になんよな。
届けが出ての手配ではないのかも。
警察が最初からあんな高圧的に出るのかな。
ああでも オレそこまでは知らねぇしと、
頭の中がグルグルするだけ まだ余裕だったのだが、

 「おわっ!」

注意が散漫になっていたか、
歩道橋の一直線になってる通廊を向こうから来ていたらしい誰かに、
どんと ぶつかり掛かるまで気がつけなくて。
至近になった気配に わっと驚き、
避けかけての躱したその身の肩口へ

 “え?”

逃がすことなくの的確に、というのが、
素人の自分にもありあり判る手際のよさで、
懐ろ同士が重ならないよう、
向かい合った右肩を右手で掴んでのそのまま押し込まれ。
気がつきゃ ガツンと鉄の柵に背中から叩きつけられている。
薄手のシャツ越しの手のひらの感触が いやにリアル。
さほど大きい手じゃあないが、どういうコツがあるものか、
何だ何だと押し返しても、張り付けられたみたいに侭が利かない。
やはり暗くて相手の顔は判らないし、

 「何だよ、お前っ!」

頭の上を しかも瞬間移動でもしなけりゃ、
こっちから来てのぶつかれないから、
さっきまで向かい合ってた相手じゃないのは明白で。
だが、寿命が切れかけらしい常夜灯の下、
チカチカと点滅する薄暗い明かりに浮かぶ姿は
こちらもやはり小柄で、年若い少女を思わせる輪郭や雰囲気。

 「離ンなせよっ。」

歯を食いしばっての満身の力込め、
ぐぐんと押して押し合いになってのやっと、
相手が押され負けしたか身を起こせたのを幸いに。
もつれかかる足を励ましてのこと、
何とかやっとの数歩分だけ、
怪しい人物から距離を取ったのが精一杯。
何が何やらという混乱は収まらず、
そこからの恐怖がじわじわと這い上がって来ており。
動き出したら最後、
今度は足が萎えてしまいそうな気がしておっかない。

 「な、何なんだよ、お前らっ。」

最初の位置にいた一人が余裕の歩調で近づいてくる。
もう一人はそれを振り向きもしないまま、こちらをじいと見やっており。
しかも、

 「制服だけでも腹立たしい。」

小さなゴキブリや毛虫でも、
目を離したら襲い掛かられそうな恐怖からそうするように。
二人の少女をだけ、ガン見していたデイバッグの男だったが。
そんな彼の精一杯の立ち位置の背後から、
また一人、誰か別の人物の声が投げ掛けられたものだから、

 「…っ!!」

不意打ちにもほどがある間合いだったか、
怯えさせるには絶大な効果があったようで。
膝が見るからに震え出し、ひぃと短く叫んだ男だったのへ、

 「まあ、それだけで済んでやしまいとは
  思いましたけれどもね。」

一番最初のお声が斬りつけるように言い放ち、

 「窃盗の届けが出てないからって、
  だから罪にはならないと思ってたら大間違いですからねっ。」

後から来た声がそんな叱り飛ばすような言いようをする。

 “何だよ、何なんだよこれ。”

何だよこの女ども。
態度も声も怖えぇしよ、
さっき掴み掛かって来たのも、女のくせに場慣れしてやがるしよ。

 「〜〜〜。」

デイバッグに提げられたファスナーのつまみか何かが
間近でちゃりちゃりとうるさい。
そんな音さえ自分を責めてるように聞こえておっかない。
膝に力が入らぬまま、それでもわななく手を突っ込んだのが、
パーカージャケットのポケットで。

 「…あっ。」

震える手のまま、
そこに入っていた携帯のどこかを押したのだろうその途端、

  ―― ヴァルンバリバリ・ドルルル……、と

腹の底へ響くよな重々しい…とは言いがたい、
むしろ頭痛がしそうな甲高さの、正に爆音がどこからか放たれる。
どこかを細工してあるのは間違い無さそうな、
不自然極まりないイグゾーストノイズが鳴り響く。
その音が、よほどのこと頼りになる存在のものでもあったのか、
さっきは背後から掛けられたお声程度へ
見て取れるほど飛び上がって怖がったくせに。
結構な威勢と駆け足で、元来た方へと再び駆け出しながら、

 「ば…ばっきゃろっ、
  オレが一人で来たとでも思ったのかよっ!
  おめでたい奴らだなっ!」

口角泡を飛ばすという体で、
見苦しくもわめき立てたその声の語尾に重なって。
ますますのこと耳障りなエンジン音が
歩道橋の通路だというに駆け上がってきた模様。
日頃からも こういういけない道路交通法違反をやらかしているものか、
原付きらしき小ぶりな車体が
それでも自転車よりは速かろうし馬力もあろう走りにて、
こちらへとやって来るようで。

 「おーし、行けぇっ!」

助けに来たというよりも、正しく乱入せよとの打ち合わせだったのか、
途中出足を止め、擦れ違えるようにと、
柵へと張り付くようになって道を空ければ。
バイクは停まりもしない気配のまんま、更に奥へと突っ込んで来る模様。
下の道路が対面2車線という幅な分、この通路も結構な長さで。
その真ん中へ向かって、
躊躇なくの威勢よく駆け寄って来た原付きバイクだったのへ、

 「……。」

先程、柵へと男を押し付けていた少女が、お相手しようということか。
フードのついたパーカータイプ、
だがだがこちらは、パンツ部分も一体化している
ジャンプスーツタイプのしかもホットパンツ仕様という。
もうちょっと明るい場で見れば
案外とセクシーだったかも知れぬいで立ちの。
すらりと痩躯なお嬢さんが、
ずいと踏み出しての立ち塞がり、その身をもって待ち構える態勢に入る。
ぶんっと振られた腕の先には、
しゃこんというなめらかな音ともに棒状の何かが飛び出して来ており。
それで殴りつけたとて、バイクは止まらぬぞ危ないぞと、
実は 隠れて展開を伺っていた皆様が、
不意な乱入者を制せなかった憤りごと歯咬みしかかったものの、

 「……ほれ。」

そんな彼女よりもちょっと手前で、
一番最後に現れたお声の主が、
何かしら…ソフトボールのような大きさと形のものを、
ぽいっとあっさり自分の後方へ放ったところ、
その先で地面へと落ちたその途端、ぽぽんと弾けたその上、

 「う、うわあっ?!」

上へバシュウッと飛び出したのが、細い繊維で編まれた網の塊り。
そこへモロに突っ込んで来た格好の原付きバイクは、
網が絡まったのみならず、小さかったのに粘着力も半端なかったか、
そこへと張り付き、びくとも動かない
罠と化した網に車体ごと搦め捕られてのこと。
前輪の自由を奪われてしまっての“御用”となったのは言うまでもなく。
しかもしかも、
スピードがあった反動というか慣性というかで、
搭乗者だけが 前へポーンっと放り出されており。
ずでんどうと路上へ投げ出されたそのまま、
ごろごろごろと転がって辿り着いた先は丁度、

 「……。」
 「柵が高くてよかったですわね。」

外側へでも放り出されていたならば、
ただの怪我で済んでいたかどうか…と。
バイクが出て来ても特に怯んでもいなかったらしい、
むしろ、そうなっても知ったことかと言いたげな、
依然としてひんやり口調と絶対零度な態度の、
お嬢さんたちの立っているすぐ前であり。

 「ひぃいぃぃっっ。」

せっかくの助っ人さんまでもが
フルフェイスのメットの中で、先程の男と同じような声を放ったところで、

 「ほら、そっちのあんたもこっちへ戻りな。」

 「でないと、せっかくの数少ないだろうこのダチも、
  俺を見捨てた卑怯者って あんたを見限るよ。」

  つか、
  少なくとも、これってあんたが招いた厄介ごとなんだしねぇ。

  そうだ、こっちの彼だけは介抱してすぐさま逃がしてやんない?

  追っかけっこ…。

  あ、それいいかも♪

あっはっはーっと声高に言い切る彼女らとそれから、
ヘルメットも取らずの座り込んだまま、
肩越しにこちらを振り返って来るバイクの相棒と。
しかも自分の後方には、
見事な手際でバイクを使用不能にしてしまった、魔女のようなもう一人と。

 「う…。」

どう転んでも逃げられやしないのだと、
今度こそ思い知っての観念したか、
がっくりと肩を落としたデイバッグ男だったが、

 「こなくそぉっ!」

話し言葉から察するに、やはりやはり女子高生ぽい顔触れだ。
正体不明の妙な道具を持ってたようだが、それも使ってしまっての、
もう手はがら空きだろうし、と。
妙なことをば頼りにすがり、
歩道橋の真ん中目がけ、
先程の逃げ出しように勝るとも劣らぬ猛ダッシュで
奇声を発しつつ駆け出していったのだけれども。




     ◇◇◇



  『何も袋だたきにしていいとは言うとらんぞ、お主ら。』


いけないとも勧告しなかった警部補殿が、
微妙な渋面を作って、三人娘を一言だけ諭したのには、
そう、色々と理由や事情があったから……。

 「届けようがなかったんでしょうね。」
 「うん。」

学校帰りの電車にて、
ついついうたた寝したらサブバッグを置き引きされた。
本来だったらそこでしかるべき筋へ届けるべきなんだけど、

  その子はどうしてもそれが出来なかったの。

  カバンや体操服は自分のだけれど、
  制服だけは違ったから…。









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  *こうまで尺が伸びては、これはもう暴れていただかないと。(苦笑)
   勘兵衛様や兵庫さん辺りから理由になるかと怒られそうですが、
   何だか理屈まるけな内容になっちゃったので、
   ここいらで空気を換えましょうということで。(どっちにしたって…)


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